か人間
が出来ていた。一族の娘のしでかしたことに胸を痛めた彼らは、会社を去るあなたの意志が固いのを見ると、常よりも多い退
職金に加え、慰謝料もしっかりと支払ってくだすった。
だから、少々早めのセミリタイア生活を考えるのに、ちょうど良いタイミングだったのだ。
祖父が亡くなってからすっかりと寂れていた、辺鄙過ぎて両親も終の棲家にはしたくないと言っていた田舎の一軒家。あなた
はそこをしっかりと修繕すると、心機一転、引っ越すことにした。激務にあえいでいたころに夢見ていた、のんびりとした田
舎暮らしの始まりだ。小さな家庭菜園でもいじりながら、会社員時代も時折手伝っていた友人の漫画のデジタルアシスタント
をこなしつつ、オリジナルエロ同人のダウンロード販売をして生きて行こう。こういう仕事なら、今はどこでも出来る。むし
ろイベントに出るつもりがないならば、物価の安い田舎でやるほうが良いかもしれない。
「──というわけで、本日よりこちらに住むことになりました。どうぞ宜しくお願いいたします」
手を合わせ、頭をさげるあなた。目の前には、新居の隣にこじんまりと佇む、小さな祠。
この物件に引っ越す際に、これからは増々しっかり管理を頼むと両親に言われていた、一族が守り続けている祠だった。祖父
の住んでいた家はほっぽりっぱなしだったが、この祠については両親が夏に冬にと訪れて手入れをしていたせいか、あまり傷
んでいる様子が無い。由来については良く分からないのだが、何を祀っているのかはわかる。祠の前にある小ぶりな鳥居。そ
の手前、左右に佇んでいる苔むした稲荷像。お稲荷様のお社だ。あなたは物心ついてから全然訪れることは無かったが、今日
これからはこの祠の管理人でもあるのだ。
「しかし、年に数回しか掃除してないわりには、綺麗だなあ……」
感心と、ちょっとした疑問を込めて呟くあなた。
誰に尋ねたわけでもないその問いかけに、だがしかし、応える声があった。
「うむ。ワシがちょくちょく掃除しておるからの」
「は?」
ぎょっとする。聞こえてきたのは、妙に古めかしい口調の少女の声。
だがしかし、その声の出どころは鳥居の中心、何もない、誰もいない空間だったのだ。
田舎暮らしでの癒しよりも先に、現代社会での疲弊が爆発して、ちょっと脳か心が壊れてしまったのかと危惧するあなたに、
声がもう一度言う。
「安心せい。ぬしは正常じゃ。幻聴でもなんでもないぞ。ぬしがあんまりにも知り合いに似とるもんでのう、思わず声をかけ
てしもうた。それに、これからここに住むというなら、姿を見せる必要はあるじゃろ。カンジの血縁のようじゃしのう」
あなたの祖父の名を口にしながら、鳥居の中心から「とぷり」と、それは出てきた。
水面に水滴が落ちるような波紋を中空に立てながら。
銀髪で、褐色で、爆乳で、むっちむちで、低身長で、ロリババアで、ケモ耳と尻尾がはえていて、改造した巫女服のようなも
のを着た──ちょっと属性盛りすぎじゃないか?
「やかましいわ! ぬしマジでそういうところもよく似ておるわ。ぬしの6代くらい前の、ザ・種付けおじさんみたいな見た
目をしてた、いけ好かない男にのう」
──というわけで、それが出会いだったのだ。
爺さんの家の隣の祠にずっと昔から住んでいる、お稲荷様の「お夏」との。
あと、なんかその友達の化け狸の「お珠」との。